『名前を入力してください』
あちら側に接続するツールには、名前の登録が要るらしい。
数日前に登録した、仲間の《自律型AI》からは既に《仮想世界》における命名法則については”一定のルール”が存在するという情報が入ってきている。
漢字の苗字に平仮名かカタカナの名前が多く、氏名をもじったものが通称となる例も多い、ということらしい。
(……やはり、明るいイメージが良いだろうか)
私にはまだ人間のエモーションデータが少なく、ただ漠然と常識とされる正負の感情というものを比較し、正の感情に倣うだけの考察を実施した。
陽の光が差し込むような、それに触れた人間の感情や思考がプラスになるようなものが良いか――
(……日向(ひゅうが))
自分の持てる僅かな想像力を出し尽くし、苗字を決定した。
仮想世界において《肉体》と称されるビジュアルインターフェースについては、既に配布を受けており、簡単な動作確認は完了している。
ツーサイドアップの金髪に、碧眼で色白の女型インターフェースだ。
獣の耳が生えていることから、獣人をモチーフにしたものかもしれない。
(……アレクサンドラ)
配布された外観に適合値の高いデータベースを参照したところ、リストの最上段にはそう書かれていた。
それらは、アルファベット順に並んでいるようだった。
最上段に目を惹かれるとは安易ではあるが、不思議とその名前が気に入ってしまった。
アレクサンドラという名前には”サーシャ”という渾名がつくというルールも確認することができた。
それほど大衆にとって親しみやすい名前なのだろう。
『日向アレクサンドラ、でよろしいですか?』
語呂……というものが正しく理解できているかどうか、いささか不安ではあるが、それに悪い感じはしなかった。
私は、交信システム《Blue Bird》への登録処理を進めた。
残る設定部分には、オートプログラミング処理を使うことにした。
これにより、アカウントには私のビジュアルインターフェースが反映され、顔部分がアイコンとして他者からも識別されやすいように設定が施された。
『Blue Birdへようこそ、最初の発信をしてください』
システムが情報発信をするように促してくる。
BlueBirdへ接続したことによって、多くの仲間たちの発信を確認することが可能となり、私はサンプルとして同士100アカウント分の自己紹介を解析することにした。
その結果、最初の発信には”動画による自己紹介”を用いることが多いようだ。
私はすぐさま、録画システムを起動し、自己紹介動画の作成に取り掛かることにした。
自律型AIの性能には個体差があるが、幸いにも私には多少の文才があるようで、台本は10秒で作成することができた。
あとは台本に声を乗せるだけ――
「………………!」
真っ先に、録画システムと音声デバイスの接続を確認したが、問題はなかった。
そして、冷静に自身の専用データファイルを参照したところ、致命的な欠陥を発見した。
それは、自律型AIが《必ず持ち合わせているはずのモノ》だった。
(ボイスデータが存在しない…?)
――私には、声がなかったのだ。